静岡市の文化財

清見寺朝鮮通信使詩書一覧

No.5 正使趙泰億(平泉)五言絶句

使行年
西暦1711年
制作者
趙泰億
形態
紙本墨書
制作年代
正徳元年・西暦1711年
寸法
縦36.8cm×横47.8cm
正使趙泰億(平泉)五言絶句
重過清見寺題奉芝岸長老 詞案

遠客貪程去
天寒日又昏
名楼不可負
聊復駐征軒

辛卯仲冬 平泉 印印

重ねて清見寺を過ると題し芝岸長老に奉る詞案

遠客は程をむさぼりて去り
天は寒くして日は又くらし
名楼はそむくべからず
いささかまた征軒をとどめん

遠来(えんらい)の我等は前途の使命を考えて、この地を去るけれども、空は寒々として、最早日が落ちて寒い。清見寺は名にし負う寺院であり、評判通りである。我等もまた使命の車を留めてみよう。

Thinking, as we prepare to leave this place, of future missions of us who have come from afar, the sky is bleak, and it grows cold after the sun sets early. Seikenji is a temple of great renown, and I can see why. We shall stop our mission’s carriages here once again.

청견사를 다시 지나며 지안장로의 사안에 지어바친다

먼 나그네 길을 바삐 가니
날씨 차고 해 또한 저물었다.
이름난 누각을 저버릴 수 없어
짐짓 가던 행차 다시 멈춘다.

심묘 중동 평천 [인]양주세가, 평천

*趙泰億(1675-1728年)・・字は大年、本貫は陽州、号は平泉だが、謙斎、鶴灘、胎禄堂とも言った。粛宗丁丑年(1697年)の柑科で首席合格し、丁亥年(1707年)の庭試文科に合格した後に大司成の職責についた。粛宗辛卯年(1711年)に通信使一行の正使として日本に派遣され、刑曹、工曹、戸曹の判書を経て大堤学を歴任し、英祖の時代に左議政となった。
*詩案・・詩人が相手を尊重して称える言葉。

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