静岡市の文化財

「東海道図屏風」修復日記

現在、静岡市所蔵の「東海道図屏風」(静岡県指定有形文化財)の修復を行っています。ここでは東海道図屏風の修復が完了するまでの過程を紹介します。また、修復過程の公開などイベント情報も掲載していきます。

最新情報

2017.06.22
展示会「おかえりなさい東海道図屏風」でワークショップをおこないます。
2017.06.07
修復後初公開!東海道図屏風を展示します。
2017.04.10
修復が完了しました!
2017.03.21
東海道図屏風の修復の様子が放映されます!3月20日(月)~
2017.02.27
唐紙の貼り込みと、本紙の貼り込み

屏風に描かれた東海道

東海道(江戸~京都)の整備が進んだことで人の往来が盛んになり、江戸時代前期に東海道を描いた屏風などがさかんに作られました。屏風には東海道を旅する庶民や参勤交代の大名、宿場や城などが描かれ、当時の東海道の様子を知ることができる資料です。現在、東海道が描かれた屏風は全国で約20例が確認されています。

この東海道図屏風(静岡県指定文化財・静岡市蔵)の特徴

  1. 狩野派の絵師により、江戸時代前期頃に描かれたものと推定されています。
  2. 府中宿(現:静岡市葵区)には駿府城の天守が描かれています。駿府城の天守は寛永12(1635)年に焼失しており、推定される屏風の制作時期(1600年代後半頃)には、すでに天守はなかったと考えられます。城下町として発展している様子をわかりやすくするために、天守を描いて城を明示しているようにも見えます。
  3. 府中宿が江戸や京都と並んで大きく描かれています。家康公が駿府城に住んでいたことから、府中宿を重要視したと考えられます。また、江戸に向かう朝鮮通信使の行列や、駿府へ入ろうとする大名行列などが描かれ政治的要素がうかがえます。
  4. 東海道の難所といわれる急な峠や大河川がある場所の手前には、支度をする旅人や、そこで働く人々が描かれています。地形の特徴を捉えながら、峠の途中に疲れて座り込む旅人を描くなど、人物の動きで難所の険しさを表現しています。
  5. 相撲をとる人々、猿回し、餅をつく人、髪を掴み合って激しい喧嘩をする人など、宿場に暮らす人々の生き生きとした姿が細かく描かれており、当時の宿場の賑わいや風俗的な特徴を読み取ることができます。

昭和47年 エミリー.M.マッケンジー氏より寄贈
平成20年 静岡県有形文化財に指定

マッケンジー夫妻と東海道図屏風

エミリー・M・マッケンジー氏は、大正7年に米国の輸出茶貿易商社アーウィン商会の静岡支店長となった夫のD.J.マッケンジー氏と共に来静し、(静岡市)駿河区高松に家を構えました。エミリー・マッケンジー氏は、夫を助けて本県特産の茶の輸出に尽力し、戦後は乳児院の設立や日赤の奉仕活動に私財を投じるなど、社会福祉の向上にも寄与し、昭和34年、静岡市の名誉市民になりました。当時マッケンジー夫妻が住んでいた白壁の美しい洋館の住宅は、「旧マッケンジー住宅」として国の登録有形文化財になっています。
エミリー・マッケンジー氏は、昭和47年にアメリカへの帰国に際し、収集していた物品を静岡市に寄贈しました。東海道図屏風はその寄贈品の一つです。

修復後は…

展示会の開催や、歴史文化施設での展示を予定しています。

朝鮮通信使の行列(江戸~品川宿)

餅をつく人(平塚宿)

相撲をとる人々(吉原宿)

髪を掴み合って激しい喧嘩をする人(池鯉附宿)

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