静岡市の文化財

世界文化遺産「富士山」構成資産 三保松原

信仰の対象としての三保松原

富士山は古代から多くの人々の信仰を集めてきました。平安時代以降、修験者などによって民間にも富士山信仰が浸透し、多くの人々が富士山を登拝(信仰心を持って登ること)するようになりました。江戸時代以降は、関東地方を中心に「富士講」と呼ばれる信仰集団が多数組織され、富士山登拝が盛んに行われるようになりました。

冨士浅間大社所蔵「絹本著色富士曼荼羅図」

参詣曼荼羅とは、神社・仏閣への参詣の様子を描いたもので、「絵解き」(絵を使って信仰を説明する)に使用されていました。
図像は中世の富士登山において、駿河国の表口として賑わった大宮・村山口等(富士宮市)からの景観が描かれています。画面下部には清見ヶ崎、清見寺など田子浦から三保松原周辺、中央には富士山本宮浅間大社の社殿、上部には富士山の頂が三峰(右から大日・阿弥陀・薬師仏を表す)にわけて描かれるなど、富士山の聖性の高さをわかりやすく図式化しています。

国指定重要文化財「絹本箸色富士曼荼羅図」富士山本宮浅間大社蔵

国指定重要文化財「絹本箸色富士曼荼羅図」
富士山本宮浅間大社蔵

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