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文化財ブログ

2021.02.12東御門・巽櫓の展示リニューアルについて紹介します!(その5)

2021年に入り、あっという間に1か月半が経ちました。
4月1日の東御門・巽櫓リニューアルオープンまであとひと月半ほどです。
現在、現場では着々と展示リニューアル工事が進められています。
展示物が運び込まれる様子なども今後お伝えしていきますのでご期待ください!


今回はリニューアル後の展示内容について紹介していきます。
「東御門・巽櫓の展示リニューアルについて紹介します!(その2)」で紹介したゾーンの続きです。

ここからのゾーンでは、慶長期の大改修を終え「大御所家康の城」として完成した駿府城が、その後時代の移り変わりの中で、どう変化していったのか紹介していきます。

「天下泰平の世の駿府城 ―幕府の象徴としての維持―」

大改修を終えた駿府城は、その歴史の中で最も華やかな時代を迎えます。大御所家康の城として、日本の中枢となりますが、こうした政治の中心としての公式の場であると同時に、駿府城は暮らしの場でもありました。この時期、駿府城の本丸御殿、二ノ丸御殿には家康やその家族たちが暮らしていました。このゾーンの展示では発掘調査で見つかった当時の暮らしの痕跡などを紹介していきます。

出土品.jpg 【二ノ丸御殿・台所出土陶磁器】

こういった高級な陶磁器や茶碗などを展示します。これを見れば、当時の駿府城での華やかな暮らしぶりをうかがうことができると思います。展示を見た後、駿府城公園のどのあたりで、だれがどんな暮らしを送っていたのか想像しながら公園内を歩いてみるのも面白そうですね!

家康の後、子や孫が駿府城主となりますが、孫の忠長を最後に駿府城には城主がおかれなくなります。その代わりとして、城代(じょうだい)という幕府から派遣される役人が駿府城を管理するようになります。家康がつくり、暮らした駿府城は武士の聖地として特別な城となっていきます。

聖地となった駿府城ですが、江戸時代の間、火災や震災などで度々大きな被害を受け、そのたびに修築されました。展示の中では修築にあたった職人の記録や、幕府から命じられ修築の普請に参加した大名の記録などから、当時の様子をわかりやすく解説します。


【駿府城御城御本丸御殿御間数(幕府の大工頭を務めた松田家に伝わる文書の一部)】

松田家資料.jpg

本丸御殿内の部屋の位置や数を記録しています。これらの記録からは、修復が必要な個所を把握し、費用を算出するため、事細かに情報収集していたことがわかります。展示では他にも職人たちが残した修復の記録をいくつか紹介していきます。

こうして江戸時代の間に、駿府城は幾度かの修築を経て幕末を迎えます。幕末には家康の子孫である徳川家がふたたび駿府城に戻ってきます。この展示ゾーンの最後では幕末のころの駿府城の様子も紹介します。



「廃城とその後 ―静岡市による城地の経済活用―」

このゾーンからいよいよ明治時代に入ります。明治時代、廃城となった駿府城がその後どのような道のりをたどったのか、当時の写真をいくつか使いながら、詳しく解説していきます。

明治29(1896)年には陸軍の連隊が設置されることとなりますが、その際に行われた静岡市の誘致活動についても紹介します。また発掘調査で出土した明治時代以降の出土品も展示します。

近代の遺物.jpg 【発掘調査で出土した近代の遺物】

出土品の中には陸軍のバッジや陸軍専用の食器などもあり、駿府城跡に連隊が置かれていた事実を物語っています。江戸時代、そして現代ともまた違う、別の姿が駿府城に確かにあったことがこのゾーンの展示を見るとよくわかると思います。

江戸時代のはじめ、大御所家康による大改修を終え、「首都 駿府」の城となった駿府城が、その後どうなっていったのか?今回こちらで紹介したゾーンでは、駿府城がたどった道のりを知ることができます。

駿府城の変遷をたどることで、その道のりが家康の人生、徳川家の歴史と重なり合うように感じられると思います。これも家康がつくった特別な城、駿府城だからこその特徴といえるでしょう。

お城ができるまでのことだけでなく、お城ができてからの歴史も知ることで、より深く駿府城を理解することができると思いますので、リニューアル後はぜひこちらの展示もじっくりご覧ください!

2021.02.10ドローンによる発掘調査現場の測量のお知らせ

調査日程:令和3年2月12日(金)、15日(月)終日

予 備 日:令和3年2月19日(金)終日

見学ゾーンの一部にて、一時的な通行制限を行うことがあります。
皆様の御理解、御協力をお願いいたします。

2021.01.28発掘現場に昼間の月

駿府城跡天守台発掘現場は慶長期の天守台の大きさだけで、東西約61m×南北約68mと広く、その周りに堀や調査スペースがあるので周りに遮るものがなく、とても空が良く見えます。

★IMG_4124.JPG【見学ゾーン西側より】

この写真を撮影した日は、浮世絵の背景の様にきれいなグラデーションの青い空が発掘現場の上に広がっていました。

★IMG_4137(月).jpg【天守台と同じ高さのポール横】


写真をよく見ると、右上に白く見えるものがありますが、これは昼間の月です。
写真だとあまりはっきりしませんが、現場で実際見ると、とてもキレイで、よく見えていました。
家康公も天守から昼間の月をみていたかもしれませんね。
今回は月が見えましたが、日によって空の色や雲の流れ、飛んでいる鳥なども違っていて面白いです。
現場にお越しの際は、時には空を眺めて気分転換してみてください。

2021.01.27お堀の水が減っています

駿府城跡天守台発掘現場のお堀の水位は季節の影響で変化します。
冬になると水はたちまち少なくなり、堀底まで見える状態になります。

★IMG_4132.JPGのサムネイル画像【西南より】

季節で大きな違いのある場所を写真でご紹介します。
西南角は、水位が低くなっているようです。

★IMG_1996.JPGのサムネイル画像 ★IMG_4129(HO).JPG
【西南角 7月(左)と12月(右)の水位の違い】

7月に台風の影響もあり、水位が高くなっていた西北角はすっかり水が引いています。
夏の雨が多かった時期と比べると、違う場所のようです。

水位が低い冬の時期はまた、水の多い夏の時期とは違った見学ができます。
石垣が下の方まで見ることができるので、江戸時代の水位の跡が見やすくなっています。
 
★IMG_4138(yazirusi).PNGのサムネイル画像 ★IMG_4143.JPGのサムネイル画像
【昔の水位も確認できます】

ぜひお散歩がてら駿府城跡天守台発掘現場をご覧ください。

2021.01.22【延期】天正期天守台シンポジウム開催延期のお知らせ

令和3年2月11日(木・祝)に開催を予定していました「天正期天守台シンポジウム」は、新型コロナウイルス感染症が拡大している状況を鑑み、開催を延期することと致しました。新しい日程が決まり次第、改めてご案内します。ご参加を予定されていた皆様には、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。ご理解のほどよろしくお願いいたします。

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